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※この記事では『ネムルバカ』全1巻の終盤と、最後のライブに触れます。未読で結末を知りたくない方はご注意ください。
石黒正数さんの『ネムルバカ』を全1巻読みました。
女子寮で同室になった大学生・入巣柚実と、バンド活動に打ち込む先輩・鯨井ルカ。二人の何げない日常を中心に、夢を追う人と、何となく毎日を過ごす人の間に生まれる距離が描かれます。
一巻完結なので手に取りやすく、大学生のだらだらした会話を楽しんでいるうちに、気づけば二人の時間が終わろうとしている。その短さも含めて、読み終えたあとに強く残る青春漫画でした。
夢を追う鯨井と、何となく生きる大学生たち
鯨井は、インディーズバンド「ピートモス」で音楽を続けています。入巣たちも大学生活を送っていますが、鯨井ほどはっきりした目標があるわけではありません。
夢に向かって動いている鯨井から見れば、周囲の大学生たちは同じ場所に留まっているように見えるでしょう。一方、入巣たちから見れば、生活の多くを音楽へ注ぎ込む鯨井は、自分たちとは違う世界の人に見えます。
どちらかが正しく、どちらかが間違っているという話ではありません。同じ部屋でご飯を食べ、くだらないことを話していても、生き方の基準は一致しない。お互いに「この人は宇宙人なのではないか」と感じるような隔たりがあるところに惹かれました。
夢を追う人は、夢のない人を理解しきれない。夢を持たない人も、そこまで何かに懸けられる人の気持ちは分からない。それでも入巣と鯨井は一緒に過ごせます。分かり合えない部分を残したまま成立している関係が、本作の心地よさだと思います。
入巣と鯨井は『それ町』の歩鳥と紺先輩のようにも見える
入巣と鯨井のやり取りを読んでいると、同じ石黒正数さんの『それでも町は廻っている』に登場する歩鳥と紺先輩を思い出しました。
もちろん別の作品で、性格も置かれた状況も同じではありません。それでも、少し先を歩いているようで自分のことで精いっぱいな先輩と、その背中を見ながら自然に懐へ入っていく後輩の並びには、どこか似た空気があります。
大事件が起きていない時間でも、会話のずれや妙な発想だけで読ませるところも石黒作品らしさです。入巣と鯨井が同じ部屋で過ごす場面には、物語が進んでほしい気持ちと、このままずっとくだらない話をしていてほしい気持ちが同時に生まれました。
好きな話は「駄サイクル」
特に好きなのは、「駄サイクル」を扱った話です。
身近な仲間同士で作品を褒め合い、その小さな輪の中だけで満足してしまう。否定されず、傷つかずにいられる居心地のよさが、成長を止めることもあります。本作はその状態を「駄サイクル」という覚えやすい言葉で見せます。
ただ、単純に意識の低い人たちを笑う話にはなっていません。誰かに本気で評価される場所へ出れば、才能のなさや努力不足を突きつけられるかもしれません。それなら、分かってくれる仲間の中にいたいと思う気持ちも理解できます。
夢を追い続ける鯨井と、何となく日々を過ごす入巣たちの違いも、この話によってはっきりします。鯨井は居心地のよい場所だけでは終われない人です。だからこそ彼女が前へ進むほど、入巣との距離も広がっていきます。
売れた先輩は遠くへ行った。それでも最後に歌ったのは「ネムルバカ」だった
鯨井が売れ、以前とは違う大きな場所で歌う姿を見たとき、入巣にとって先輩は遠くへ行ってしまったように見えたのだと思います。
ところが、そこで入巣から出てきたのは、素直な感動や祝福だけではありませんでした。「こんなことがしたかったのかよ」というような、怒りにも寂しさにも見える感情です。
夢がかなったのなら喜ぶべきなのに、目の前にいるのは、寮で一緒にだらだらしていた鯨井とは違って見える。その違和感には、成功した先輩を理解できない気持ちだけでなく、自分だけが以前の場所に残されたような感覚も混ざっていたのではないでしょうか。
それでも最後に歌われるのは「ネムルバカ」です。
鯨井が入巣へ何かを伝えようとして選んだのか、はっきりした答えは示されません。ただ、遠い世界へ行ってしまったように見えた先輩が、二人で過ごした時間につながる歌を最後に歌う。その瞬間だけは、夢を追う人と何となく生きる人の間にできた距離を、音楽がもう一度つないだように感じました。
「これは入巣への言葉だったのではないか」と考えたくなる余白があるからこそ、最後のライブが長く心に残ります。
平祐奈 as 鯨井ルカ「ネムルバカ」映画オリジナルMV
『ネムルバカ』は、『ベイビーわるきゅーれ』シリーズの阪元裕吾監督によって実写映画化され、2025年3月20日に公開されました。入巣柚実を久保史緒里さん、鯨井ルカを平祐奈さんが演じています。
公式YouTubeで公開されている映画オリジナルMVでは、平祐奈さんが鯨井ルカとして「ネムルバカ」を歌っています。漫画を読み終えたあとに観ると、鯨井が歌に込めたものや、入巣と過ごした時間をもう一度考えたくなる映像です。
『ネムルバカ』はこんな人におすすめ
- 一巻完結で読みやすい青春漫画を探している人
- 夢を追う人と、まだ夢を持てない人の距離を描いた作品が好きな人
- 大学生のだらだらした会話やモラトリアムの空気を味わいたい人
- 『それでも町は廻っている』の歩鳥と紺先輩のやり取りが好きな人
- 音楽やバンドを題材にした漫画が好きな人
- 説明しすぎず、読み手に解釈を残すラストが好きな人
まとめ
『ネムルバカ』は、夢を追う鯨井と、何となく大学生活を送る入巣たちを通して、近くにいるのに理解しきれない人同士の距離を描いた全1巻の青春漫画です。
「駄サイクル」の居心地のよさと危うさ、入巣と鯨井の『それ町』を思わせる会話、そして先輩が遠くへ行ってしまう寂しさ。一巻の中にある出来事は多くありませんが、学生時代が終わっていく感覚が凝縮されています。
最後の「ネムルバカ」は、本当に入巣へ向けた歌だったのか。答えは決められません。それでも、鯨井が入巣に何かを残そうとしたのだと考えたくなる作品でした。
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